1999年7月 輝建装として創業~有限会社シャイン設立

スタートは一人

創業当時、中小リフォーム会社や工務店に飛び込みで営業を重ね、塗装の仕事を頂ける様、必死で頭を下げて回りました。
その中の、10件に1件ぐらいの会社の社長さんが、僕の若さゆえの期待と熱意に興味を持って下さり、「試しに1件やってみるか?」とお声かけ頂きました。
その時は飛び上るほどうれしかったことを覚えています。

次第に人脈も出来て、縁あって大手リフォーム会社や積水ハウス、ダイワハウスの二次下請けとして仕事を頂けるようになり、人の繋がりで、職人も増え一時は8人の職人たちと大忙しの日々が続きました。

傍から見れば順風満帆の滑り出しにも見えますが、実際の経営状態は火の車。
リフォーム産業界も成長期から成熟期を迎える頃で、単価は下がる一方で、ひどいときは戸建て一件50万円でやってくれと言われたことも少なくありませんでした。
足場代、塗料代、手間すべて含んでです。
(大手の場合、お客様からの受注額は150万円以上がほとんど)

周りの塗装屋仲間は、平気で外壁や屋根を1回塗りで終わらせたり、洗浄しなかったり、いわゆる手抜きをして予算を調整していたみたいですが、みんな食べていくためにはそれしかなかったのかもしれません。
外部の人などは、そんな仕事なんか請けなけれないいのに、という意見も多々有りましたが、食べていくためにはみんな必死で安くても受けずにはいかない、そんな状況だったのです。

そんな中で柔軟に対応できなかった僕の会社は、昔の親方の教えである「基本の塗装作業」の工程を省いてまで儲けを出す事が許せず、まして住んでるお客様がいい人なのに嘘をついてまで「しっかり3回塗りましたよ」なんて絶対に言いたくありませんでした。
従業員の職人たちにも拘りを持った仕事をさせたかったので、それだけは厳しく言い聞かせていました。

自転車操業に近い状態が3年ほど続き、仕事の幅を広げたい思いで何とか個人事業主から法人を設立しました。
それが現在の有限会社シャインの始まりでした。
(今は有限会社は廃止されたので、誰でも立上げられる株式会社よりもそのまま有限会社を残しています)

元請けのリフォーム会社が倒産‼ 貸倒金1000万円・・・

この時はさすがに無理かなと思いました。
材料屋さんに支払いを待ってもらい、銀行の借入も限界、従業員の給料はなんとしても遅延なく払いたかったので、個人のクレジットカードでキャッシングして払ったこともありました。
この時僕は、初めて下請けの怖さを感じました。
製造メーカーの倒産で町工場が共倒れするニュースなどがよく取り上げられた時期がありましたが、まさか自分が身をもって体験することになるなんて思いもよりませんでした。

絶対に下請けから抜け出してやる!と決意

もし、施工店の僕たちが、元請けを介さずにお施主様と直接工事を進められたら、適切な金額で、最高の技術を提供できる。
お客様に大満足してもらい、本当に長持ちする技術を提供し続けたら紹介してもらえたりもする、口コミも広がる、地元で優良な会社になれるのではないか!?
前から思っていた事ではありましたが、まさか自分にできるわけないと思っていたので、下請けに甘んじていた僕でしたが、倒産の危機を迎え、
背水の陣となった事が僕に行動する力を芽生えさせたのかもしれません。

それからの僕は日中は現場で塗装し、夜は慣れないPCに張り付き、ホームページの製作や僕と同じような境遇を経験した地元密着の塗装施工店の情報などを調べたりの毎日でした。
あらゆる勉強会にも参加しました。

絶望からの再スタート

半年ほど経ち、手作り感満載の文字ばっかりのホームページでしたが、当時はまだ、競合するホームページが少なかったことも幸いし、月に一件ぐらいはお問い合わせをいただける様になりました。
初めて電話で「ホームページを見たんだけど」と言われた時は、言葉にならない程嬉しく、緊張で頭が真っ白になったのを覚えています。

営業マンのように巧みな話はできませんが、知識と技術では絶対の自信を持ていたので、徹底して診断し説明させていただきました。その誠意を買ってくれたご主人が「塗装のことは古住さんなら間違いないでしょ」とご契約を下さった初めてのお客様となりました。
今でもそのお客様とは10年来のお付き合いをさせて頂いております。
(定期点検の時にお話しさせていただく程度ですが)

それから1年後には元請け100%完全自社塗装の有限会社シャインとして再スタートを切ることが出来ました。